戦争を知る~ 軍隊・兵器・作戦・歴史 ~ 戦争を知る~ 軍隊・兵器・作戦・歴史 ~

ナショナル ジオグラフィック × Newsweek ナショナル ジオグラフィック × Newsweek

イラク戦争の重要な転機となった武力衝突事件「ブラックサンデー」の全貌を、ナショナル ジオグラフィックが総力を挙げて描くドラマシリーズ「ロング・ロード・ホーム」。日本での放送開始に先駆けて、イラク戦争の知られざる裏側や同ドラマについて、有識者が語るインタビューシリーズ。
高橋和夫:「米史上最悪の救出作戦」の起きたイラク戦争が、ISと北朝鮮の脅威を生んだ

2017年11月14日(火)
写真:宇田川 敦 文:西田嘉孝

高橋和夫 インタビュー

―本作「ロング・ロード・ホーム」で描かれるのは、イラク戦争開戦から約1年が過ぎた頃に起きたブラックサンデー事件。そもそもアメリカがイラク侵攻を開始した当時、国際政治の専門家たちは、イラク戦争から現在に至る中東の混迷ぶりを予想していたのだろうか?
当時のアメリカのイラク侵攻に関して、国際政治という大きな枠組みでアメリカの政治を見ていた人は、わりと楽観的な感情を持っていたように思います。それに対し、私のように中東を見ていた人間からすると、戦争に勝ってもその後が大変だろうという大きな不安がありました。

そもそもイラクという国は、イギリスが自分たちの都合で勝手につくりあげたもの。人口構成比を見ると、北部のクルド人が2割、中部のスンニ派のアラブ人が2割、南部のシーア派のアラブ人が6割となっていて、そのようなまとまりのないところを1980年代からサダム・フセインが力で抑えてきたわけです。

サダム・フセインは非道な独裁者でしたし、拷問をされたり刑務所に入れられたり、ひどい目にあった人はたくさんいた。とはいえ、独裁政権の恐怖という重しがあったため、イラクの秩序が保たれていたのも事実です。

高橋和夫 インタビュー

―アメリカはそうしたイラクという国の背景を理解せずに開戦を決め、そのことがイラクの混迷につながった?
そう思います。朝鮮戦争やベトナム戦争を経て、アメリカ国民の多くは「もう戦争はいいだろう」という感情を持っていました。冷戦がようやく終結し、やっとこれからは自分の国のことに力を注げると。つまり、アメリカの圧倒的な力を自国のために使おうというコンセンサスが、当時のアメリカにはあったわけです。

ところが9.11のテロが起きて、テロリストがアメリカに来るならまた戦おうじゃないかと、そのコンセンサスが覆されてしまった。そしてアフガン紛争へと突入し、ほとんど犠牲も出さずに1カ月ほどでタリバン政権を打倒する。

そうした流れがイラク戦争へとつながり、フセイン政権を倒すところまでは、アメリカの予想通りに軍事作戦が遂行されました。しかし、その後に、どうイラクを統治するのか。アメリカは考え抜いていなかった。それが「ロング・ロード・ホーム」で描かれるようなイラク人の反乱につながっていったのだと思います。

高橋和夫 インタビュー

最悪の作戦へとつながる国際政治の舞台裏
―本作「ロング・ロード・ホーム」では、大規模戦闘が終結したイラクで武装勢力の攻撃を受け、苦境に立たされるアメリカ兵たちの姿が浮き彫りにされる。実際、当時のイラク国内での反米感情は相当なものだったのか?
いや、むしろクルドの人たちはアメリカが大好きだし、シーア派の人たちもサダム・フセインを倒してくれたアメリカには感謝しています。ただ、やはり秩序が安定しないのが問題だった。

アメリカにとって民主化というと選挙ですが、当然、イラクで選挙をすれば数が多いシーア派が勝つ。そうするとこれまで権力を持っていたスンニ派はまったく面白くないし、結果としてアメリカに対して反乱を起こす。後のISの台頭にしても、そうした背景があるわけです。

また、イラク戦争にはアメリカの対イラン政策という背景もあります。「ロング・ロード・ホーム」では、サドルシティで実際に起きたイラク人による反乱(ブラックサンデー)が描かれていますが、あそこで銃を取ったのはシーア派の人たちです。

イラクの次はイランと北朝鮮の政権を転覆する──。そんな当時のアメリカの考えは明らかでしたし、イランとしてはそれを何とかして阻止したかった。そこでイラクのシーア派を使って、戦争を仕掛ける余裕がなくなるくらいアメリカを疲弊させようとした。この作品で描かれるサドルシティでの事件には、そんな複雑な背景もありました。
―その意味ではイラク戦争は今の北朝鮮情勢にも繋がっていると?
我々が思っている以上に北朝鮮と中東諸国は緊密です。エジプトへ北朝鮮がパイロットを派遣してイスラエルと戦い、イラン・イラク戦争のときにはイランに北朝鮮から武器が入りました。北朝鮮はアメリカが中東で何をしてきたかを見ています。フセインのように大量破壊兵器を持っていないと弁明しても殺されるなら、実際に兵器を作って持っていると主張する方が賢いと思っている。アメリカが中東でやってきた結果が、今の金正恩の行動に跳ね返っていると思いますよ。
―近年でもベトナム戦争やイラク戦争をはじめ、戦争を描いた映画やドラマは数多い。中東の専門家から見て、そうした作品と「ロング・ロード・ホーム」が大きく異なる点は?

高橋和夫 インタビュー

「ロング・ロード・ホーム」では、実際の戦場がどういうものかということが凄くリアルに描かれています。自分が戦地にいたらどうするだろうかと、思わず劇中のアメリカ兵に自分を重ねてしまうほどのリアリティ。同時に留守家族たちも丁寧に描かれている。また、アメリカ軍の視点だけでなく、現地の人たちに当時の占領政策がどう見えていたのかといったイラク人側の視点もあり、非常に多面的なアプローチで制作された野心作だと思います。

そしてこの作品に登場するアメリカ兵たちを見ると、指揮官は白人ですが戦場で散っていくのは中国系の人だったり、小隊のリーダーはヒスパニック系で黒人の兵士もいたり。貧しい人が軍隊に入って戦争に行くという、現在のアメリカ社会の実情もよくわかります。

今、アメリカは募兵制で、ほとんどの国民は戦地とは無縁です。そして、戦争を始める決断をするのは、ハーバード大学やコロンビア大学を出て政治家になるような人たち。そうしたなかで兵士たちはある意味で孤独な戦いを強いられている。

「ロング・ロード・ホーム」が持つ戦場のリアリティはそうした深い部分で、日本も決して無縁ではない“現在の戦争”について、我々に考えるきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。

プロフィール

高橋和夫

高橋和夫(たかはしかずお)
大阪外国語大学ペルシア語科卒業、コロンビア大学国際関係修士。
1985年より放送大学教員、2007年より同大学教授。中東研究、国際政治を専門とし、中東関連の著書多数。


■作品紹介
イラク戦争の重要な転機となった武力衝突事件「ブラックサンデー」。日本ではあまり知られていないその実際の出来事を、ナショナル ジオグラフィックが総力を挙げて克明に描いた全8話のドラマシリーズが、この『ロング・ロード・ホーム』だ。その時、イラクの最前線で何が起きていたのか。死の恐怖と直面した兵士たちは何を思い、行動したのか。観る者の胸を揺さぶる感動と緊迫の戦争ドラマ大作だ。

「戦争を知るTOP」へ戻る