西ヨーロッパを席巻したナチス・ドイツは次にソ連に目を向ける。そして1941年6月、バルバロッサ作戦を開始。しかし手ごわいソ連赤軍を簡単には打ち負かすことができず、国民を総動員した総力戦へと突入。1943年、史上最大の戦車戦と言われるクルスクの戦いが繰り広げられ、その後ドイツ軍は目的を達成することなく撤退を余儀なくされた。追い詰められたドイツは国土を守るため、高い技術力を駆使して国境近くに防衛線を築く。
第一次世界大戦で敗北しベルサイユ条約で空軍を保有することを禁じられていたドイツ。しかしヒトラーは水面下で再軍備を進め、1935年、ドイツ空軍の創設を世界に向け発表する。第二次世界大戦が始まり、ハインケルHe111や高速爆撃機のユンカースJu88など、数々の名機が誕生。戦況を覆すには至らなかったが、終戦間際にはジェット推進爆撃機Ar234も生み出される。現代の技術革新に繋がる、当時の極秘施設にカメラが迫る。
世界征服に向け戦争を繰り広げるヒトラーには、連合軍の攻撃から第三帝国の領土を守るための要塞が必要だった。海からの侵攻を恐れ「大西洋の壁」の北端に位置するノルウェー沿岸に数々の要塞を建造し、極寒の地にドイツ軍を送り込む。ここはソ連を攻撃する拠点としても重要な場所だった。戦争終盤、ヨーロッパ南部のイタリア半島には複数の防衛線を構築。起伏に富む地形を利用して恐るべき兵器を設置し、迫りくる敵を待ち受ける。
ドイツの同盟国日本は、厚い装甲と巨大な砲を備えた海上の要塞と呼ぶべき世界最大級の戦艦を建造し、太平洋戦争に臨む。当初は太平洋を席巻した日本軍だったが、形勢が逆転すると迫りくるアメリカ軍の前進を食い止めるため、決死の戦いを繰り広げることに。生きては帰れない神風特別攻撃隊を結成し、敵艦に体当たり攻撃を仕掛ける。さらに沖縄では入り組んだ坑道を持つ防衛線を構築し、敵の本土上陸を阻止すべく熾烈な戦いに挑む。
アドルフ・ヒトラーと第三帝国に全てを捧げた男たちがいた。1人は極悪非道の限りを尽くした組織、親衛隊を統率するハインリヒ・ヒムラー。もう1人は言葉巧みに国民の心を操り、戦争へと駆り立てた宣伝大臣のヨーゼフ・ゲッベルスだ。2人の男はかつてない巨大な社会構造を構築し、ナチス・ドイツの勢力拡大に貢献する。ヒムラーは恐怖と暴力で人々の心を支配し、ゲッベルスはプロパガンダ戦略を武器にヨーロッパでの戦争に臨む
強大な軍事力を誇るイギリス海軍に大西洋での戦いで打ち勝つため、ヒトラーは世界最大級の戦艦の建造を命じる。完成したのはビスマルクとティルピッツだ。第三帝国の威信をかけた戦艦ではあったが、めぼしい戦果をあげぬうちに海の底へと沈む運命に。そんな中、連合国艦隊を圧倒したのはデーニッツ率いるUボート艦隊だ。海底に身を潜め、奇襲を仕掛ける恐るべきUボートは、空爆をものともしない要塞のような基地に守られていた。
第二次世界大戦の序盤、ドイツ軍は驚異的なスピードで奇襲を仕掛け、敵の防衛線を突破する戦術を展開。ヒトラーが得意とした電撃戦だ。急降下爆撃航空団と装甲師団が連携し、ドイツはポーランドやフランスをあっという間に手中に収める。しかし、次に企てたソ連侵攻では、敵の優れたT34戦車に歯が立たない。苦戦を強いられたナチス・ドイツは、のちに名戦車として記憶されるティーガーとパンターを開発し、戦場へと送り込む。